調神社と高砂町
平成十九年七月十九日朝六時、恒例の調神社例大祭及び講社大祭の宮出の神事に伴い、昨年までとは違った装束の高砂二丁目祭事委員会役員方々が集まり始めました。
その姿は「新調した揃いの浴衣」「呂の羽織」「カンカン帽」、それは良く似合い、また堂々たる姿であったと思います。 私たちは今年の4月、ある小雑誌の写真を見て驚愕しました。そこには戦前の浦和、それも市制を引いたばかりの昭和十年、悠久の歴史を誇る県都浦和(現さいたま市)の総鎮守『調神社』の門前に堂々たる高砂町の旦那衆、その中心には県都浦和の初代市長・小谷野伝蔵氏、後に新調したばかりの5基の子供神輿(高砂町1丁目から5丁目)を揃えた写真でありました。 その写真の元画を探し、訪ねて蕨は旧中山道沿いの『西山神仏具店』にたどり着きます。その店の旦那さんの話を聞いて又びっくり、私たちが探していた・・そう旧高砂町の神輿、現調神社本社神輿はここで作られていました。それだけではなく常盤町の現神輿もこの店で作られたそうです。下記の写真三列目右側から二人目の方がその製作者『西山光雲』氏であります。
この写真を基にして73年ぶりに方々の孫が今年同じ出で立ちで揃い,平成十九年度調神社例大祭を大いに盛り上げたのでした。『商店街振興組合高砂共栄会』では、このように、出来るだけ時代を追って旧中仙道浦和宿から今日に至るまで、特に高砂町と玉蔵院、調神社など資料を集めながら会員、近隣の方々の協力を得て出来るだけ忠実に残して行ければと思っております。おたのしみに!
昭和10年7月浦和市制を記念して作成された旧高砂町5町の子供神輿と往時の方々。中央に居られる方が初代浦和市長・小谷野伝蔵氏大変貴重な写真
入口左右の駒兎も現在とは違う。
銅製の為、先の戦争で接収されてしまった。
後のページで拡大したものを掲載しています。
平成19年7月19日早朝6時恒例の調神社及び高砂連合宮出。高砂二丁目の方々
羽織にカンカン帽の出で立ちは向かって左から小谷野堅太郎氏、小泉勝暉氏、佃茂明氏。中央後に竹田源治氏、上の写真に方々の祖父が居られる。
近年の調神社例大祭御本社神輿(旧高砂町)宮出。
最近の神輿と違い、胴が太く、台輪3尺以上の大神輿。作者:蕨市西山光雲氏作・大正時代の作品か・・・
毎年7月19日早朝6時、祭器庫より出され神幸祭に向かう車両にお乗せするまでの一時の間、境内を高砂連合会と氏子青年会で担がれる。
蕨・西山神仏具店所有
浦和・岡田写真館撮影
商店街振興組合高砂共栄会所有
商店街振興組合高砂共栄会所有